Beginning story


 海の近くの小さな町に、たった一つだけ存在するコンビニ・「ふぁみりぃすとあ」。
 おにぎりやジュースはもちろん、時には謎の地図まで販売している町の便利屋ともいえる存在。
 店主と配達員、それも若い女性の2人きりで切り盛りしていたが、さほど苦労することもなく、
 かといって客足が途絶えることもなく、日々充実しているようだった。
 そんなある日、1人の少女がやってきた。


 「江戸から来た。ここで働かせてくれ。」
 「えー・・・っと?」
 夏の炎天下に突如現れたその少女は、切りそろえた黒髪に浅黄色の甚平とまさしく「江戸」といった風だが、
 この時代の江戸は灰色のビルが並ぶ大都会。そこに居合わせた配達員が困るのも無理はなかった。
 「ま、迷子になっちゃったのかな?」
 「私は迷子ではない、見ての通りもう立派な15歳だ。独立して江戸から来たと言っておろう」
 どう見てもせいぜい中学にあがったばかりにしか見えないが、本人が言うからにはそうなのだろう。
 「そ、そっか。ちょっと待ってね、ミナトさん呼んでくるから」
 そう言って、栗色の髪をふたつにくくったパーカー姿の配達員は、店の中へと入っていった。
 「ミナトさん」というのはおそらく店主のことだろう。数秒後、エプロン姿の女性が姿を現した。
 「何あなた、うちで働きたいの?」
 「そうだ」
 「お名前は?」
 「自分から名乗るのが常識であろう」
 「あら失礼。私はここの店主のミナトよ。で、この子は配達員のナギ。これでいいかしら?」
 「・・・アキと申す」
 ミナトの馴れ馴れしい態度が気に食わないのか、ただ身長差が関係しているだけなのか、
 上目遣いでむすっとした表情のアキ。それを気にも留めず、ミナトはテンポ良く話を進める。
 「ここで働きたいなら条件は一つ」
 「ちょ、ちょっとミナトさん!」
 いきなりのことを止めようとするナギを尻目に、胸元から丸まった布を取り出すミナト。
 「このエプロンを着なさい!」


 「嫌だ」
 即答だった。広げられた布はところどころにシミのついたベージュのエプロンで、
 胸のあたりに「売」という文字が堂々と書かれている。
 ミナトが着ているのと同じものではあるが、彼女には妙にそのエプロンがマッチしていて、
 単体で見るとそのインパクトは別物だった。
 「嫌なら仕方ないわね。うちでは働けないから、他をあたりなさい」
 「ちょっと待て!そこの、何と申したか・・・ナギは着てないではないか!」
 「わ、私は配達員だから・・・自転車乗るのに邪魔だし」
 「では、私も配達員として働かせてもらう。
  小さな町とはいえ、1人で全ての荷物を届けるのは大変だったであろう?」
 確かにまだ成人もしていないと見られるナギが、自転車1台で配達の仕事というのは無理がある。
 「それが問題ないのよね。ナギ、ちょっとこの荷物届けに行ってくれない?」
 「はい、分かりました」
 ミナトから小包を受け取り、自転車の後部に括りつけ、ヘルメットを被るナギ。
 「それじゃ、行ってきまーす!」
 その言葉を合図に、ナギと小包を乗せた自転車は、ありえない速さで走り去っていった。
 例えるならば、高速道路を走るバイクをも抜かしかねないスピードで。
 「な、なんだあれは・・・」
 「問題ないって言ったでしょ?
  ナギの自転車を追い越せる自信があるなら、配達員として雇ってあげてもいいけど。どうする?」
 「・・・エプロンを貸したまえ」


 「ただいま戻りましたー!」
 それから30分もしないうちに、ナギは荷物を届け終えて店へと帰ってきた。
 先ほど店の前をもの凄い風が吹いたので、おそらく出発したときと同じスピードを維持していたのだが、
 汗ひとつかいていない。
 「アキちゃん、帰りました?」
 「私ならここにいるが」
 さすがに諦めて帰ったと思ったのだろう。
 ナギの予想に反して、あろうことかあのエプロンを着用したアキがそこにいた。
 「おかえりー、ナギ。今日はもう荷物ないからさ、アキにお仕事教えてあげてくれる?」
 「す、すいません!私ちょっと気分が悪いので、お散歩してきます!」
 「あ、ちょっと・・・」
 ミナトが呼び止める間もなく、明らかにアキを見て動揺したナギは店の外へと走っていってしまった。
 その様子を見たアキは、不思議に思って聞いた。
 「ミナト。私がいては、何か問題でもあるのか?」
 「・・・ナギは、小さい頃色々とあったみたいでね」
 ミナトは苦笑して語りだした。
 「ねぇ。あの子、いくつに見える?」
 「高校生くらいではないか?まだ若いように見えるが」
 「そう、まだ17歳なんだけどね、うちに住みこみで働いてるのよ」
 「アルバイトではなかったのか」
 「ええ、中学を卒業したのと同時に、ここで働かせてくれって。ちょうど今日のアキみたいに。
  あの自転車の速さ、見たでしょ?小さな町だから、彼女はちょっとした有名人だった。
  もちろん私も名前と顔は知ってたけど、凄い特技があるだけで普通の女の子だって思ってた」
 「私も、ついさっきまではそう思っていたが」
 「ナギはね、小さい頃外の町からきた男の子にいじめられていたことがあるんだって。
  どんなことをされていたのかは分からないけど、それ以来町の外の人間は怖くなってしまったみたいなのよ。
  この町には高校がないから、中学を卒業した子供は一度みんな他の町へ通うことになるんだけどね、
  ナギはそれができなかった。それで、両親の反対を押し切ってここに働きにきたの」
 「・・・だから、私を見るなり逃げていったというわけか」
 否定することができないミナトの様子を見て、うつむくアキ。
 ナギの事情を知り、複雑な心境になるのも無理はなかった。
 「ナギが心配?」
 窓の外を見ると、空はもう薄暗くなっていた。
 「私のせいで何かあっては、困るからな」
 「ナギを探しに行ってもいいのよ」
 「私が行っても、逃げられるだけかも知れない。ミナトが行ってくればよい」
 「閉店するにはまだ早いわ。さすがに、今日来たばかりの新人に店番は任せられないでしょ」
 心配そうに見上げるアキに、ミナトは優しく笑いかける。
 少し迷った様子を見せたが、決心したのかアキは薄汚いエプロンをつけたまま、夕方の町へ走って行った。


 すっかり辺りも暗くなり、星が瞬きはじめた頃、ようやくナギの姿が見えた。
 浜辺の真ん中で、夜空に浮かぶ月を見上げているようだった。
 後姿では何を考えているのかは分からないが、アキは黙ってナギの隣へ座った。
 ナギは一瞬体を強張らせたが、視線を月に戻すと肩の力は自然と抜けていった。
 「ナギは、私が怖いのか?」
 そう聞いたアキの声は若干震えていたが、確かな答えを求めている風でもあった。
 「ミナトさんに聞いたんだね、私の話」
 「すまない」
 「謝ることないよ、アキちゃんが悪いことなんて全然ない」
 「でも、人の過去を勝手に散策することは失礼ではないか」
 「うーん、それじゃあ、私もアキちゃんに聞きたいことがあるんだけど。いい?」
 「なんだ?」
 「どうして家出なんてしてきたの?『江戸からきた』なんて嘘までついて」
 その言葉は決してアキを責める風ではなく、子供をあやすかのような、とても優しい声だった。
 「それは・・・」
 「話したくないことならいいんだ。でも、私もミナトさんもびっくりして、ちょっと笑っちゃった」
 「こんな分かりやすい嘘、笑われても仕方がないな。でも、この格好に偽りはない」
 「その甚平?今どき珍しいよね、着てる人」
 「私の家は江戸時代から続く由緒正しき家でな。マンガやドラマでもよくあるのだろう?
  家のしきたりに縛られたくないわがまま娘が、家を抜け出すという話は」
 「ふーん、そっか。色々あるんだね、アキちゃんにも」
 深刻に受け止めることもなく、そんなことでとバカにすることもなく、ナギは頷いた。
 「でも、でもな。もしナギが私と・・・町の外の人間といるのは嫌だというのなら、
  私はもっと遠くの町へ行くぞ。ナギの視界に入らないところまで、離れるぞ」
 そういったアキの目は僅かに潤んでいたが、真っ直ぐにナギを見つめていた。
 それを見たナギはなぜか満面の笑みを浮かべると、こう答えた。
 「ううん、大丈夫。
  ほんとはまだちょっと怖いけど、少しずつ慣れていって、いつかは町の外にもたくさんの贈り物を届けたい」
 「ナギ・・・」
 「だからアキちゃん、私がこのトラウマを克服するの、手伝ってくれる?」
 この町で過ごすことが許された嬉しさからか、自分の存在を認められた喜びからか、
 アキの目からは大粒の涙がこぼれた。月明かりの元、子供のように泣くアキをそっと抱き寄せるナギ。
 そんなふたりの姿は、まさしく友達。そのものだった。


 翌朝、浜辺で寝てしまったことで砂まみれになったナギとアキが店へと帰ってきた。
 ミナトはこっぴどく叱ったが、打ち解けあった2人を見て安心したようだった。
 「さぁ、今日も一日頑張るよ!」
 その威勢の良い掛け声を合図に、「ふぁみりぃすとあ」の一日は始まる。
 店主のミナト、配達員のナギ、そして新たに加わったアルバイトのアキ。
 三人が仲良く暮らす町の太陽は、今日もキラキラと海を輝かせていた。

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